稀代の策謀家
 毛利家・シナリオ12はやり始めから初心者向けに向けて一つのいい指針になる大名家です。具体的にどの点がそうなるのかといいますと
 1,初期配置の安芸が施設が置ける数が8しかないこと
 2,初期の段階では足軽学者をもっておらず、足軽適正Aがいないことから外交によってでしか手に入ることがないこと
 3,特殊技術「焙烙火矢」を確保、運用するには水軍の技術だけでは無理なこと
 4,序盤は役割がチグハクすること
 5,能島港が四国に近いために標的にされやすいこと
 が、主な要因としてあげられます。ただ具体的に言えばそれだけで、その対策さえ立ててしまえばそれほど難しい大名家ではありません。今回のリプレイの条件は他の2つの大名家と一緒ですので、縛り話の方向で行きます。その代わり革新初心者向けの基礎的な話も多くなりますのでご了承をお願いします。

 開始の条件
 シナリオ2 「龍虎相撃つ」
 使用大名 毛利元就
 追加武将 100人。SP武将+追加武将+変更武将。すべての追加武将を最初から出している
 難易度 上級
 台風 なし・俸禄 少なめ・姫武将多め以外はデフォのまんま。
 Mチート 予定あり

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 第2章 第3章 第4章 第5章

 真田・伊達編からの変更点
 一部武将の入れ替え&能力変化
 真田・伊達編から以下の武将を外し、代わりに別の武将を入れています。
 猿丸太夫・芹沢鴨・念阿見慈音・金津義旧・佐々木道誉・名古屋山三郎・佐々木只三郎・上杉顕定・上杉定正
 
采配 武勇 知略 政治 合計 足軽 騎馬 鉄砲 計略 兵器 水軍 築城 内政
大祝 鶴 87 84 76 24 271
柿本人麻呂 76 83 88 93 340
竹崎 季長 59 88 69 65 281
一条 兼良 98 96 196
平 清盛 70 71 85 105 331 B
平 維茂 86 85 62 61 294
源 為朝 79 10 70 28 285
足利 義教 26 59 42 94 221
梶原 景時 82 88 76 83 329 A A
望月千代女 15 12 88 16 131 B D S D
槍衾 槍備 槍車 先駆 突進 突撃 斉射 火矢 連射 早撃 連撃 乱撃
大祝 鶴
柿本人麻呂
竹崎 季長
一条 兼良
平 清盛
平 維茂
源 為朝
足利 義教
梶原 景時
望月千代女
罵声 鼓舞 威圧 混乱 籠絡 同討 特殊 武将数値 初期配置 人間関係・その他
大祝 鶴 東伊予
柿本人麻呂 乱射 下野
竹崎 季長 南阿蘇
一条 兼良 美濃
平 清盛 安芸備後
平 維茂 北越後
源 為朝 乱射 北肥前(*1)
足利 義教 播磨(*2) ×→赤松義政
梶原 景時 安房(*3) ×→源義経
望月千代女 甲斐 忍者
(*1)……九州を荒らしたと書いているので、九州三国志大名家武将のうち、とくに補強をしていなかったところに追加した
(*2)……暗殺された地。赤松家の首領とは相反関係なので、どこに行くかわからない
(*3)……本来の本拠地相模・武蔵はこれほどかいうほど追加武将が多いので、比較的少ないとこへへ移動。しかし関東圏はどのエリアにも追加武将がいるんだよなあ……
 プロフィール(赤字=女性)
 大祝 鶴→伊予河野氏の一族で大祝神社の当主の娘。父親の代わりに前線に立ち戦うも、その間に父・兄・恋人を一気に失う。そんな中でも攻め寄せる大内軍を弾き返すも、現状に悲観して18で入水自殺をしてしまう。存在自体が疑わしいのだが、女性用の胴丸が残っていたことが伝説を読んでいる。

 柿本人麻呂→飛鳥時代の歌人。史実である続日本紀に功績が載っていないことから政治家としての能力は不明だが、おそらく下級官史止まりだったのではという推測がなされている。各所でいろいろなが話が残っているが、一節の中に猿丸太夫と同一ではないのかという話(説得力にはかけるが)があるだけに、今回は同一として採用。

 竹崎 季長→今で言う熊本中部出身の鎌倉時代の武士。見せ場は元寇の時。一番槍の大功をえる。しかしそれに見合う褒章がなかったことから直接掛け合いに行って、領地を得たという話も有名。彼が絵師に書かせたという蒙古襲来絵巻で彼が苦戦する姿が垣間見まれるのだが、後世の加筆(それに対する反論もあり)もありイマイチ信憑性が薄いのが問題か。実力も運にも恵まれていた人物。

 一条 兼良→室町時代の貴族であり教育者であり学者。病弱の兄に変わり家督を継ぐがすぐに退任。そのため生活はきつかったがかえって学者としての彼の名声は高まって言った。応仁の乱の時には美濃に行き難を逃れる。幅広い学力は本人をして菅原道真以上の学者と言わしめるほど。

 平 清盛→2012年大河主人公。日本初の武士政権を作り上げた男。平家棟梁になった時には地位は不安定だったものの、徐々に力をつけていき2つの乱のあとは完全に武家政権の下準備が出来上がるほどの実力を身に着けていた。初めての武士政権をつくり上げるものの、その直後辺りから平家に対する不満がくすぶり続ける。源氏を中心とした勢力が平家打倒と称して侵攻を食い止められない状況のまま亡くなってしまう。清盛がなくなったことで統率が取れなくなった平家は滅亡の途へ辿るか、同時にそれは頼朝系源氏の滅亡フラグにもなってしまった。

 平 維茂→平安時代中期の武士で、常陸平氏の出身。鬼女紅葉伝説の討伐の伝説があり、また亡くなった新潟の地では婦人が鶏のイタズラのせいで入水自殺をしてしまったという話も残っている。

 源 為朝→保元物語の実質的な主人公。弓の名手であり、またそれ以外の武勇も優れていたことから、九州を鎮西というなの暴れっぷりで、一気に勢力を広げる。しかしバックにある父親の失脚もあり京都へ戻る。そこで保元の乱に遭遇して清盛の軍相手に一歩も引かない(むしろ逆に慌てさせるぐらい)の活躍を見せる。乱のあとは伊豆大島に流されるがそこでも暴れ伊豆に勢力をつくり上げるものの、討伐の軍を起こされ自害。その武勇は伝説を生み琉球王族の祖先になったという伝説が残っている。

 足利 義教→室町6代将軍。僧侶になっていたのだが4代将軍・5代将軍が死亡してしまい、くじ引きの結果6代将軍になる。4代将軍のあたりから陰りが見えていた将軍の立場取り戻そうと必死になりその結果かなりのところまで地位を引き上げることに成功したのだが、残忍な性格がのぞかせてしまう。暴虐の限りを尽くしてしまい、「万人恐怖」といわれるぐらい周辺から恐れられる存在になる。その恐怖に怯えた赤松満祐が実行した暗殺(嘉吉の乱)によって殺されてしまう。いったん持ち上がっていた将軍の権威が彼の死によって、また一気に駆け下りてしまうきっかけになった。

 梶原 景時→頼朝を石橋山で救ったことから重用されることになる。教養もあり、さらによりとも信頼が厚かったことから京都の貴族からも一目を置かれる存在だった。しかし同時についたのは大悪人という称号。人気者義経を蹴落としたのは彼の讒言によるものだとする風潮のせいで、そうなってしまった。(もっとも義経に対しては弁護者がいなかったという話もあるのだが)義経を蹴落としたということは結果的に清和源氏そのものが頼朝存命中ら弱体化するきっかけになるのだが、これがそのまんま彼にも直撃する形に。幕府の宿老として力を振るうものの、北条家の台頭にどうすることもできず失脚。さらには一族で兵を率いて所領を出発していたところに、吉川友兼らと遭遇。この時の戦闘で一族を多く失い更に自分も戦死してしまう。

 望月千代女→元々は忍者の頭領の娘で嫁入りで信濃の望月家にやってきた。夫が第4の川中島の合戦で死亡するとくの一の腕を見込んだ信玄から渡り(歩き)巫女(今で言うと何でもありの女スパイ)の育成を担当とした。各地から孤児や捨て子などを集め教育を施した結果。信玄のもとには各地の情報が入るようなシステムが出来上がっていた。
 *なお以下の武将に関しては能力を変えています。(+真田・伊達編の変更も含める)
 源頼朝→采配 68・武勇 72・知略 88・政治 83、強すぎという指摘があったのと、自分内評価が変わってきたので。今で言うと毒親確定の上に、
 足利尊氏→政治力 −10 (89に) 政治基盤整えたのかというぐらい、この数字に疑問があったので。

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